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3月14日農場通信妻バージョン

大地震が起きた。皆さまの様子はいかがですか?
この通信を書くにあたり、主人が猛反対をした。「なぜ、こんな状況の時に通信を書くのか。もっとすることがあるのではないか」と。でも、私は心配してくださっている皆さんに私たちが無事であることを伝えたいと思ったのと、記録を残したいと思い書いている。
 地震が来て、原発が壊れて、不安なことが一気に押し寄せている。これを書いている間にも余震がある。放射能がこちらまで来た場合、人間はもちろん、野菜や鶏はどうなるのだろう。水は大丈夫なのだろうか。そんなことが次から次へと思い浮かび、気分が悪くなってくる。それでも、鶏は餌を欲しがり、卵を産み、野菜の苗たちは光を欲し、水を必要としている。
 福島原発から放射能が漏れているという情報が来た時、急いで家に帰った。そして思い出した。翌日外に出るのが危険かもしれなかったら、鶏の水はどうしようと。餌は箱に少し残っていたり、地面に落ちているかもしれないけれど、水はどうしようもない。少しずつでも流しておけばよかったと、後悔した。
 幸い、即危険という訳ではない様子なので、翌朝秀樹が畑に向かったが、目に見えないものに対する恐怖は大きい。
 娘は小学校から下校する直前に被災し、教室の机の下に隠れてから校庭に逃げたという。なかなか下校許可がでず、ずいぶん遅くになって帰ってきた。余震が来るたびに怯え、なかなか家に入らなかった。息子は幼稚園から帰る途中、私が運転している車の中で被災。初めは車が揺れるのは息子が足をバタバタさせているからかと思っていた。「バタバタしないで」「何もしていないよ」車が大きく横に揺れるので壊れたのかと思ったが、異常のランプはついていない。電信柱がぐにゃぐにゃ揺れているので柊太が「台風だよ」。右折して店が並ぶ所に来たら多くの人が家から出てフェンスにつかまりながら上を見ている。ようやくラジオから「地震」という言葉が。車はみな止まり、どうしたらよいものかおろおろしている。私も車から出た方がいいのか、この場にとどまるべきか、ずっと迷っていた。大きな揺れが収まった時には、全身震えが止まらなかった。このまま運転して帰れるのか、自分を奮い立たせるために、バシッと足をたたいてそろそろと運転を始めた。どの車もゆっくり走っている。息子は爆睡していた。
 今まで学生の時は避難訓練をしていたし、地震の時には身の安全を第一にとは思っていたけれど、実際あってみるとどうしたらよいのかわからなくなっていた。車の中で、息子と共に外に出るべきなのか、車の中の方が安全なのだろうか、ずっと迷っていた。狭い道なのでどこも危険。逃げる場所も判断できない。携帯は機能せず、家族の安否もわからない。地震の多い国に住み、先日ニュージーランドの地震を我がことのように感じていたはずが、実際には何も身についていなかったのだ。
 幸い、家族も実家も無事、家も瓦や少々の小物が落ちる程度だった。
 これから日本はどうなっていくのだろう。テレビを見ていると不安ばかり大きくなる。計画節電、ガソリンは売り切れ、スーパーのものも品薄になっているらしい。
 「火曜日の出荷はできるかな」と秀樹に言うと、「農家仲間がブログに『今私達ができることは、より多くの種を播くことだ』と書いていた。これから野菜なども品薄になり、高くなるかもしれない。その中で、自分達はなるべく多くの野菜を育て、いつも通りお客様に届けることが一番大切だ。」と言った。私達の畑はまだ使える。人も元気だ。今、私達ができることをコツコツとやる。それが大切なんだと改めて思った。
 これからもしばらく余震があるという。まだ連絡の取れない仙台の友人のことも気になる。でも、私達は前を向いて生活していかなければならないと感じている。
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笠原秀樹

Author:笠原秀樹
『会いにいける農家』
定番野菜から新品種まで食卓に彩りを飾る様々な野菜を年間通してご提供させていただきます。
広い鶏舎で放し飼いされた鶏の産みだす「幸せのタマゴ」は塩卵かけごはんで食べてください。

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